« 2012/11/25 2012Jユースカップ 決勝T準々決勝(C大阪×札幌) | トップページ | 台北に行ってきたときのお話でも(2011年10月版・その1) »

2012年12月 5日 (水)

未練だらけとは思います、自分も本人も。(十八代目中村勘三郎のおはなし)

いつもより早く目覚めつつ、さらっとYahooのトピックスに目を通した瞬間呆然としてしまった。病状の厳しさは各種報道からそれなりに感じ取れたものの、まさか57才という若さで先代たちの待つ場所に旅立ってしまうとは。

実は1995年頃から2000年までの間、自分は東西問わず歌舞伎見に行きまくっていた。セレッソどころかJリーグの試合はこの間まったく見向きもせずで、今にして思えば変な空白かもしれないけれど、この間に見てきた数多くの舞台は自分にとってこれ以上ない至福をもたらしてくれたものだった。

日帰りの東京出張が多かった時期でもあり、仕事を終えたら歌舞伎座に向かって幕見で最後の演目をちょろっと見たりしてから夜行バスで帰阪して直接出勤したりも結構していたっけ(^_^;

ごひいきの役者さんは別にいたけれど、中村屋が出演していた演目は大好きだったので極力観るようにしていた。だって素直に面白いし。

歌舞伎見物自体あまり乗り気でない家族も勘三郎(当時は勘九郎)の芝居だけはすごく見たがっていたくらい。ちなみに一番おもしろかったのは藤山直美と共演した「浅草パラダイス」だそうです。それってふつうの現代喜劇やけどw。

「京鹿子娘道成寺」「連獅子」などの舞踊も迫力満点やったけど、自分が印象深いのはやっぱ世話物やったかな。「浮かれ心中」「研辰の討たれ」「法界坊」「髪結新三」「文七元結」など演目をあげていけば多くは見ていなくても、当時の感想は今でもすっと思い起こせるくらいの印象深さがある。誰と見に行ったかも思い出せるけどこの辺はキズがうずくこともあったりするので触れないことにする(苦笑)

一番爆笑したのは松竹座で見た「浮かれ心中」。

ちょうど大阪近鉄バファローズの消滅騒動があった頃で、お約束のご当地ネタの乗せ方がドタバタすぎたのがすごかった。そして中村屋の芝居に出ている時の福助の凄さも目の当たりにして、もう二度と芝居が観れなくても悔いなしと思えたくらい。

ただ一番印象深いのは2001年の「野田版 研辰の討たれ」。

東京に3日間滞在して幕見、最前列、三階席と違う場所で連続鑑賞したくらい。セリフは今でも多少は覚えてる。今でも語り継がれる伝説の舞台は批判も賞賛も多い話題の演目。すごく勘九郎らしさの出た等身大の舞台でした。

歌舞伎には「潔さ」とその裏側の「忍耐、辛苦」ってのが美しく描かれるイメージになるけれど、まあこの演目は完全にひっくり返って「往生際の悪さ」というか「未練」というか、見ていて美しさは感じないけれどありのままの人間の姿が現れていて、素直になれず胸中におさめることの大変さが目に見える様子にいろいろと深く考えさせられたりもして。

劇中「武士は脳卒中では死なぬ!」と豪語するお侍さまが脳卒中であっさり亡くなったりして。実際はそんなもんよね(^_^;

特に大詰めの場面で切腹を促すと思えば、周囲の雰囲気に流されて反対に思いとどまるように口々に説得したりして。野次馬というか民衆の無責任さが、メディアに振り回される人々の浅はかさをこ皮肉っぽく表現していたのが印象的やったです。なのであえて今こそ多くの人が観られるかたちで再放送してほしい。

ここで劇中の名セリフの一部を抜粋してみる。要は周囲から切腹を強要される中吐露した本音というか。

自分で切腹用の刀を研ぎながら切々と語るのですが。

「…生きた緑の葉っぱが枯れて 真っ赤な紅葉に変わり

あの樹の上から、この、どういうことのない地面までの

そのわずかな旅路を潔くもなく散っていく。

まだまだ生きてえ、死にたくねえ、生きてえ、生きてえ、

散りたくねえと思って散った紅葉のほうがどれだけ多くてござんしょ。」

劇中ではややコミカルに描かれている一場面ですが、これは死を迎える間際の人にとっては偽らざる本音と違うかな。誰も死にたくて生きている人なんていない。生きていることが死ぬより辛い人がいたとしても、本音は生きたいと思っているはず。

なので散ってほしくなかった。

散ったとしても風で舞い上がったり枝に引っかかったりして地面までの旅路を少しでも長くしてほしかった。

かえすがえすも残念すぎて言葉さえもうまくまとまらない。

そんなわけで稀代の名優が早々に旅路を終えてしまったのは残念やけど、歌舞伎には時代を紡ぐ糸のように思いを託せる次代がいる。

当代の中村屋には、もしかしたらこの先に父が描いたであろう旅路を御見物を巻き込んでより楽しくつくっていってほしいなと思います。

Hokaibou

何はなくとも十八代目におかれましては天国でもお元気で。

夢の続きを空高い場所で実現していってくれたらなと思ってます。

|

« 2012/11/25 2012Jユースカップ 決勝T準々決勝(C大阪×札幌) | トップページ | 台北に行ってきたときのお話でも(2011年10月版・その1) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/547524/56273487

この記事へのトラックバック一覧です: 未練だらけとは思います、自分も本人も。(十八代目中村勘三郎のおはなし):

« 2012/11/25 2012Jユースカップ 決勝T準々決勝(C大阪×札幌) | トップページ | 台北に行ってきたときのお話でも(2011年10月版・その1) »